青空と青海の境界に真っ白な風車が連なる。海上を吹く強い風を唯一の原動力として巨大なエネルギーを産み出す洋上風力発電技術は再生可能エネルギーの柱として今世界中から注目を浴びている。
洋上風力発電は、低炭素化に寄与する再生可能エネルギー技術として1990年代以降世界的に普及が進み、とくにイギリスをはじめとする北海、バルト海沿岸諸国で早くから導入されてきた。現在の技術の主流は、海底に風車を固定する着床式で、欧州のような遠浅の海に適した方法だ。一方、新技術として注目される浮体式は、風車全体を海上に浮かせる画期的な仕組みで、水深50mを超える深海をはじめ、さまざまな海象条件に対応可能な技術として大きな可能性を秘めている。浮体式洋上風力発電技術が実用化されれば、世界中の多くの海域がエネルギーを産むビジネスフィールドとして活用でき、全世界の電力を賄えるほどのポテンシャルがあるとも言われている。世界第6位の海洋面積を有する日本もこの新技術に熱い視線を送る国の一つだ。四方を海に囲まれ、沿岸の水深が深い日本で今、着床式とともに浮体式洋上風力発電の実用化に向けた挑戦が始まっている。
「現在、福島沖などで展開している実証実験は挑戦の連続です。陸上では発電設備の故障や事故に対してすぐにメーカーや業者のサポートを受けられますが洋上ではそうはいきません。小さな修復でも専用の船舶の手配が必要となり、陸上に比べコストと専門性が求められます。欧州には40年以上操業を続ける北海油田があるため、洋上設備の建設や保守を行うインフラが整っていますが、日本では洋上開発の事例が少なく、それらのインフラの整備も進めていかなければなりません。
また、太平洋独特のうねりや海流、陸上では考えられないレベルの強風等、海象条件も非常に大きなリスクです。その中でも日本の海は世界の中でも最もハザードが密集しているエリアといわれ、地震、噴火、津波、台風といった厳しい自然現象による災害に耐えうる技術が必要となります。日本特有の複雑かつ巨大なリスクを熟知している我々リスクのプロとしての真価が問われるのがこの洋上風力プロジェクトだと思います。」(近藤)
広大な海のもつリスクは巨大だ。適地が限定される陸上に比べ、洋上の風力発電は、10倍以上の大きさの風車が設置できることもメリットの一つだが、直径100mを優に超える巨大な鉄の構造物を洋上に設置し安定稼働させることには想像を超える困難がつきまとう。
「まさに、膨大な未知のリスクへの挑戦です。そして、そのような未知なるリスクに向き合う時にこそ、我々の存在意義がある」(近藤)
近藤、小林、佐藤の所属する船舶営業部の海洋開発チームは、世界の海洋エネルギー開発案件を数多く手がける海洋ガス開発のプロフェッショナル集団だ。創業から100年以上にわたり蓄積してきた海洋リスクの情報やノウハウは現在も進化しており、英国、オランダ、ベルギーなどの10件以上の洋上風力案件も手掛けてきた実績から、今回の新技術の実証実験ではプロジェクトの立ち上げから参画し、リスクコンサルティングと最適な保険プログラムの組成に取り組んでいる。
「陸上のプロジェクトであれば建設会社や開発事業者にも十分な実績やノウハウがありますが、海底油ガス田の開発経験が少ない日本企業には幾多の壁が立ちはだかります。実際に実証機においても台風や日本特有の海象条件を理由とした事故が発生しています。プロジェクトで我々が果たしている役割は、海外案件で蓄積してきた知見をいかして、洋上風力発電の事業化のハードルとなる、あらゆるリスクを低減に向けた提案を行うこと。たとえば、この季節の台風はこうヒットするからこう対策すれば損害を抑えられるとか、海洋ケーブル敷設の際にこんな事故が起こり得るからこのような備えをすべき、といった事故や災害の被害を抑えるための情報を提供しています。
新技術の実用化をいち早く成功させ、日本の沖合に大型の風車が連なる。これを実現することが我々のチームの使命だと思っています」(小林)
プロジェクトが抱えるリスクは、大きく3つに分類される。まず、設備の建設や操業、オペレーションを妨げる不測の事態を指すコマーシャルリスク、国の政情変化や為替変動等に関連するポリティカルリスク、自然災害、人的ミスによる事故など不可抗力の原因によって被害が生じるフォースマジュールリスクである。海洋開発プロジェクトの場合はとくに台風、津波、地震などによるフォースマジュールリスクは非常に大きくなり、かつプロジェクトの関係者は非常に多岐にわたる。商社やエネルギー会社等の事業者、主要設計を担う風車メーカー、部品を納入するサプライヤー、洋上建設を担う建設会社や輸送業者、船舶事業者、さらには、プロジェクト資金を提供するレンダー、政府関係者も経産省、環境省、国交省の3省が関係する。プロジェクトを成功に導くには、直面するあらゆるリスクを的確に把握し、それぞれのプロジェクトの関係者が適切にリスクを分担すること、そして、それぞれのリスクに対して的確なソリューションを提供することが不可欠であり、これこそがリスクのプロとしての真価が問われる舞台だ。
トータルリスクの分析に基づいたプロジェクト・ファイナンスの組成に知見を有する佐藤はこう語る。
「未知の事業に対するリスク評価と管理は非常に困難だといわれますが、当社にはリスクのプロとして海外商業案件や国内実証案件の引受で培った知見やノウハウがあります。事業者、建設会社、メーカー、船会社、銀行、関係省庁の方々と情報共有し、最適なリスクマネジメントの提案を行う事でプロジェクト・ファイナンス組成のサポートをすることも我々の役割の一つです。
また、投資金額が巨大であり案件によっては総事業費が1,000億円を超えることがあるため、再保険という形でグローバル保険プレイヤーとの連携も重要で、昨年の秋には、再保険サポートを取り付けるために欧州の各社を訪問しました。まだ実績のない開発プロジェクトの協力を取り付けることは容易ではありませんでしたが、各地の再保険者に対してプレゼンテーションを行い、Face to Faceで膝詰めの議論をしました。」(佐藤)
佐藤は、2017年秋、ロンドン、オスロ、コペンハーゲン、アムステルダムなど6都市を奔走し、プロジェクトに関する再保険の組成を進めた。近藤も、佐藤がすでにチームの大きな戦力となっていることを認める。
「欧州のプレイヤーにとっては、独特のうねりや台風、地震が頻発する遠い日本の海は非常に恐ろしいところと感じるでしょう。しかし、我々には、こちらの海のことなら任せてくれという自負があります。当社には船舶の分野で培ってきた事故の膨大なデータとリスク分析のノウハウが蓄積しています。グローバル保険マーケットにおいても“東京海上日動に任せておけば、的確にリスクを判断してくれる”という確固たる信頼を獲得しています」(近藤)
実際に欧州の保険会社を回った佐藤も、肌でその信頼を実感したという。
「 “東京海上日動なかりせば、日本における洋上風力発電の発展はなかった”といわれる存在を目指しています」(佐藤)
小林は、すでに日本以外の洋上風力発電の事業化に先だった動きも進めている。
「現在、台湾の西側に約30箇所の商業化案件が持ち上がっており、当社ではすでに調査を含めて5回くらい現地に入り、政府機関、建設会社、電気事業者との連携を進めています。台湾は気象、海象条件が日本と似通っていますから、日本のプロジェクトで得たノウハウがすぐに展開できます。関係企業と連携を図りながら積極的に進出をしていきたいですね」(小林)
パリ協定など地球温暖化防止に向けた世界の動きが進む中、大きなポテンシャルをもったクリーンエネルギー技術として、洋上風力開発に乗り出す国はますます増加している。「日本の厳しい気象・海象条件の中で、この新たな技術を実用化に導く経験とそこで得られる信頼は大きなものです。本プロジェクトの成功を通じて、世界の洋上風力発電の東京海上日動の存在感は増していくでしょう」
日本、そして世界の海に白い風車が輝き、大海原を渡る風が巨大なエネルギーを産み出す、そんな未来を想像しながら、近藤、小林、佐藤は今日もプロジェクトの前進のために邁進している。